Q太の思い出句集   2006年】



棒鱈の顔に目ン玉なかりけり

白鳥の顔に羽毛の生えてゐし

落ち合ふは理学部前の時計草

【1月】

    天頂に小さき雲あり初比叡

        青竹を正月の風打ち鳴らす

            新年の雀の一団飛ばしめて

         寒暁の荼毘の煙に手を合はす

            オリオンの真下で眠る人のあり

    ◎ 窯出しの貫入の音山眠る  


【2月】

    ◎ 切干を水に浸すは偽善なり  

          腕組みを解かずに戻る春の海 
 (川末曳尾子さんに)

      臘梅の奥にあるらん赤き蜜 

      真夜中の雛の膝の崩れをり

         春の雨止みて「空車」の止まるかな

       薪能松の根株の燃える音  


【3月】

            珈琲色広がる濾紙や春の雪

     ◎ 彼の国を旅せしときの桜貝

       偽りの人工呼吸春の闇

             虎猫のモンローウォーク春の雨

     熊ん蜂触角ゆらし迫り来し


【4月】

   春寒し金庫の中の桐の箱  

        享保の雛のかんざし曲がりをり

              春の昼はなはだ重き釜の蓋

    片方の靴いつまでも春の暮

         山吹や議長の机広きこと

               ◎ 傍聴人心得ありて燕の子



【5月】

  茶畑に雨女ゐて流れ橋

     算額の掛かりし社楠若葉

        ◎ 風薫る公会堂のオムライス

              蛍烏賊かもめの嘴に一閃す

    かはほりや土蔵の中の掛時計   

      薄暑なる土蔵の防火扉かな


【6月】

      泥亀に水掛けやりし薄暑かな

    荒彫りの小さき仁王や青田風  

         黒潮の風吸ひ込みて花みかん

      子鴉の赤き口腔うごめきて

            鳩は地に泰山木は天に咲く


【7月】
   下駄履きの男のくぐる茅の輪かな   

      我が庭の端から曲がる茘枝かな

        ◎ 日盛の電線の影踏みに行かん

     中天を越えし夏日と鬼瓦

         空蝉の新聞受に止まりゐて

            電柱の少し傾き夏の果


【8月】

   握力の抜けし空蝉とまりゐて

    ◎ 秋立つや射的の銃の軽かりし

   朝顔の屋根まで登る企みぞ  

      秋暑し彫師はともに禿なり

          上半分伐られし松や盆の月

     山梨をもぎて連山雲の湧く


【9月】

    瓦屋の並べる瓦秋日和

      ◎ 独眼の犬と出くはす秋旱

            曼珠沙華に揃ふ車輪の高さかな

     蝋燭の朱きを求む秋の暮   

         秋まつり屋台の人の会釈かな

             木造の校舎の二階秋の雲



【10月】

     猫じゃらし表札二枚掛かりゐて

        ◎ 真二つに切られし鮭の丸き骨

             稲びかり石屋に石の転がりて

      逆光のコスモス畑の童女かな

          秋天に立ち瓦屋の話す声

              水底の砂の真白や秋日濃し

       どこまでも雀の惑ふ刈田かな


【11月】

     木の実落つ天変地異の始まりぬ

         郵便車小さく見えて天高し

            秋惜しむ小鷺はおのが影見つめ

      発煙す籾殻山は活火山

          魚棚の鮟鱇の口閉ぢゐたる

             桝掛の並ぶ氏神七五三

       ◎ 木瓜の実の少し歪みし一休寺


     山城の鯉群れおよぐ小春かな

         冬に入る秒針のなき時計なり

            ビーカーとフラスコありて小六月

    ◎ 少年の唇朱し神無月

          神の留守削の刺さりし社裏

             紅葉山手旗信号見え隠れ

       縦回りまた横回りする枯葉


【12月】

     日矢浴ぶるポインセチアの悲しさよ

         日だまりのバス停小さく山眠る

             瘤多き木を濡らしをり冬の雨

      短日や右靴下は右足に

          木の股に大根を干し老いにけり

              節のある木椅子の泥も霜の朝

      ◎ 冬ざれの纏はりつきし獣の毛


     老眼鏡似合ふ妻なり日向ぼこ

         冬の川回り続けるボールあり

             落葉どち舞ひ連なりて峠越ゆ

      水鳥の大集合の湖北かな

          棒鱈の切り刻まれてなほ硬し

              極月の小橋くぐりし小鷺かな

       仕事師の道具選びて年用意