Q太の思い出句集    【2007年】


【1月】

   ◎ 木枯に耐へたる月の歪みをり

        黒猫の尻尾のぬっと初鏡

            連凧の四十五度にのぼりけり

     御降や鵯の大口天を向く

        ◎ 磧にて丸き落暉と凧の骨

             冬の月星が近くにゐてくれて

      ◎ 臘梅の夜明けのごとく咲きにけり   


    真白なる蛾の眠りをり冬の草

        曙の霜の粒子を見てるかな

            闊歩する冬の足音冬の道

     見上げたる全き空に枯れ木かな

         寒月に五叉路の角の尖りゐて

             松過ぎの散髪鋏ととのひて

      冬の瀧盛り塩少し崩れをり


【2月】

    煽られて北風に舞ふ鷺の足

       立春の夜明けの藍に星融けて

           春昼の正座の猫の猫目石

     春雨を吸ひたる土のほの明し

        裸木の植ゑ替へられて天指せり

            トンネルの車中の心経春の昼

      春雨に濡れし大屋根早や乾き


    朝靄の鴨一列の水尾なりし

        屋根の上に冬満月のかかりをり

            脚長の連凧やつと上りをり

     天に向き木蓮の芽の広がれる

         物のみな眩き春の光りかな

             横切れる雀の影の日向ぼこ


【3月】

    連凧の北北西に流れゐて

       小刻みに曲がる電車や春の昼

          フェロモンを放ちて蝶の舞ひ立てり

     きよとんとす花狼藉の目白の目

        大試験飾られてゐる拾ひ石

           白鳥は湖面を叩き帰りけり

      寝姿のそれぞれありて子猫どち


    鳥回り水輪も回り風光る

       星ありて梅の香ありて寄り道す

           月の夜は白木蓮の咲き始む

     春水のさざ波のうへ影揺るる

        本堂に鴉の影や春の雲

            歩きつつ伸ばす手の指春うらら

      モーターで羽撃ちするかに揚雲雀


【4月】

    春闌くる紐解かれしも檻の中

        ひよどりの落とせし花のうつ伏せに

            雨降りて残れる鴨となりにけり

     少年の締めたるまはし柿若葉

         立山の残雪見上ぐチンドン屋

             花吹雪骸に尻尾付いてゐし

      とめどなき新樹の雫あかご泣く


    すずめどち花の隙間を通り過ぐ

        花の上の飛行機雲の一文字

            鶏の貌恐竜のごと夏近し

     春の蚊の鉄の門より入り来る

         新緑の隙間に風のふくらみて

             葉桜の風に揺れをり昼の月

      ◎ かはほりのぶつかりきたる獣臭


【5月】

    新緑の深浅濃淡みな緑

        松の花瓦の面の新しき

           ◎ 青あらし天井板の渦模様

     ずぶ濡れの鳥の飛び立つ緑雨かな

         ◎ ししむらをゆつさゆつさと五月闇

             泡盛の中素通りす新樹光

      絵馬堂の絵馬古びたりおほでまり


    山川に夏来たるらし来たるらし

        子供の日一家総出の畑仕事

            真ん中に毛深き毛虫ぶら下がり

     点となり新樹の中に鷺とまる

         つちふるやメタセコイアの尖りて

              塗りたての土壁照らす夏日かな

      ◎ 傘を打つ音のみ聞こゆ走り梅雨


【6月】

    無造作に植ゑられし田や鳧歩く

        走り梅雨からすの葬のかまびすし

            制服の自転車かろしさくらんぼ

     山影に寄りて咲きをり未草

        ◎ 茄子畑ほぼ茄子色に暮れてをり

             おおをとこ昼寝の両手揃へゐて

      ◎ 河童忌や透明の水流れをり


    水張りし田の連なりて村明かし

        炎帝や顔なき仏並びゐて

            今年また真面目な夏に入りける

     顎出して飛ぶ鳥のありあやめぐさ

         鉄塔の立ちをる山へ夏帽子

             三十分待ってみようか白日傘

      パラソルの見下ろしてゐる山の池


【7月】

    七夕の街を見下ろす歩道橋

        コンビニの二階の塾の夕焼雲

           ◎ かなぶんの眠り足りない青さかな

     まくなぎや箒の音の続きゐて

         玉葱の小さきを吊るす翁かな

             上流に歓声ひびく川遊び

      遮断機の同時にあがる夏の朝


【8月】
     ◎ 夏あざみ落とせし鍵の音聞かず   

         うかうかと青たうがらし赤変す

            蝉時雨やみて大往生の蝉

      骨多き魚煮付けて秋暑し

          油せみ大樹まるごと揺さぶりて

              生きとるで守宮手のひら動かせり

       昼寝猫曲げられるだけ骨曲げて




【9月】

     白粉花の蔭から物の音聞こゆ

         ◎ 流木の着きたる岸の曼珠沙華  

             新涼やパン切りナイフとパンの屑

      秋灯や陶工住める山麓

          ◎ 一緒くたに括つてしまへ萩すすき

              ◎ 擦り傷に親の唾つけ天高し

       ◎ 秋麗やくるりと回る鉋屑


     真つ直ぐに九月の風の吹ききたり

         たわわなり案山子ゐる田もゐない田も

             石ころの水面はね跳び天高し

      栗飯やこけて素知らぬ顔しをり

          山の水流れてきたり秋日濃し

              裏方の青きTシャツ秋祭

       いわし雲飛行機雲と交はらず


【10月】

     ◎ 木の股のその上の股はつもみぢ

         籾焼のけぶりの顔と出くはして

             鯉の尾のざざつと揺らす秋の水

      菊運ぶ媼止まりてにこりとす

          ばうばうと木椅子を囲む秋の草

              種なすび仮面の口の丸き穴  

       秋天を弄くり高層ビル工事


     いわしぐも真昼の月を飲み込んで

         赤とんぼみな水平に飛んでゐる

             色鳥の光の中に飛び来たり

      白線を引き神域の運動会

          野良猫の名はマリーなり胡麻たたく

              電柱の自動点灯秋の暮

       稲刈りの匂ひの中の炎かな

【11月】

     神の留守ガラスの扉開けられて

         深秋の雨戸閉めをる女の手

             鍬に泥立冬の水透きとほり

      ◎ 真夜中のレモンの上の太きジャズ

          小春日の白きテーブルクロスかな

             ◎  甘噛みの歯形の深し冬に入る

       大楠の影動かざる小六月


     時雨止み雲湧く山は真正面

         凸広き児の見上げをる返り花

             眼鏡屋にレンズ並びて冬に入る

      革鞄十一月の椅子の上

          山茶花や土間の太梁ひびわれて

              小春日の河内木綿の暖簾かな

       正座して綿繰る児らの小春かな


【12月】

     丹頂の曙光に向かひ息吐けり

         わが風呂に葉つきの柚子を泳がせり

             年の夜は如何な形で寝入ろうか

      ◎ 閑居して不善為す犬クリスマス

          風葬の凹地風なく石蕗の花

              ◎ 百年の古木の股に大根干す

       考える人の背中や月氷る


     風もまた小春の色に染まりゐて

         裸木のつつたつてゐて恙なし

             寒風や会釈を忘れ行き過ぎる

      間違うて千切られてをる古暦

          南天の太枝活けて年暮るる

              関節の隙間喜べ冬至の湯

       氏神の幟並べて年用意