Q太の思い出句集    【2008年】


陽炎のその真ん中に鍵落とす

彼もまたはみ出してをり百日紅

蟷螂の爪本殿に届きけり


【1月】

   ◎ 年用意鏡を磨く我に会ふ

        元朝の猫の唸りのめでたさよ

            磨かれし元旦の風両頬に
   ◎ 神鶏の生みし玉子や年の酒  

       ◎ にぎやかに春着の声の降りきたり

           ◎ 読初に真中の頁開くかな

       神殿の裏の薪や初みくじ

  ◎ オリオンの真中の星は臍ならむ

        人日の雨の止むべし昼の酒

             空青く耳に木がらし山近し


【2月】

       臘梅の花に隠れず去年の実

         吾が立てる大地凍てつき軋みをり

               塀の裏ぬらさぬ寒の雨細し

     手に力吉野の葛湯溶けんとす  

            風花の伊勢代神楽笛高し

                手を打てば立春の鴨集まれり

      春浅し破顔の童女走りだす

            胡葱を飾る座敷の日差しかな
                ◎ 早春の小鼓の紐しぼり上ぐ  小鼓



【3月】

    百年の梅の大樹に町雀

         芽吹かんとする小枝みな空を指し

              犬どちに挨拶しをる雛の客

      つちふるや墓標に似合ふ花朱き

          峠の木伐られ明るき彼岸かな

                一番に校門の花咲き始む

        ◎ 馬の尾の白詰草に届きをり  

             蹄鉄の鉄打つ音や春の昼

                  菜の花の下半分の青さかな

          白亜紀の山の上なる春の雲

              フランスのマネキンの胸四月馬鹿


【4月】

    ◎ 陽炎のその真ん中に鍵落とす

          地の子らは竹の子見せて行き過ぎぬ

                彼もまたはみ出してをり百日紅

      ◎ 蟷螂の爪本殿に届きけり

            連結器おほきく揺れて春うらら

                  突然に大葭切の流し目に

         透き通る若葉に風の少しあり


【5月】

     木下闇前に開きし扉かな

           ばらのとげ水上バスの屋根低し

                 新緑や右脳と左脳争へり

       新緑に埋もれて犬の尾に力

            更衣耳を回せる印度犀

                  竿太し五月の風の騒めきて

         新緑に切先向けて刈り込まん

             空腹を味はひをりて葱坊主

                    五月雨の匂と音の降りきたり
        ◎ 勘定の足りて噴水吹き上がる  


【6月】

    井戸掘りの櫓の人や青田風

          ◎ 新緑に隙間のありて覗かるる

                柔らかき目に変りをり木下闇

       ◎ 銃口の中の暗やみ半夏生
           菓子木型の彫りの深さや合歓の花   

                 ハイビスカス大雨粒の残りゐて

          ◎ 前景はやがて後景おほはなび   打ち上げ花火


【7月】

    かなぶんと衝突しをる痛さかな

          黒揚羽海への道に睦みをり
               箱眼鏡のぞき海鼠の流し目に  

      茂みあり陰あり鳥の声近し          

            石庭に足を踏ん張る蜥蜴かな

                 万緑や湯に風吹きて優しかり


【8月】

     すれ違ふ浴衣うつむき加減かな

            痒きとこ掻かず端居の人となる

                  樹上越え樹間抜けくる大西日

       乱雑に自転車を止め水遊び

             夏の月落書きのごと上りゐて

                   かなかなの鳴き始む時森を出づ

        蟋蟀の刃向かふてくる眼かな

               秋暑しシーラカンスの眼が光る


【10月】

     秋天下曳かるる船に人一人

           野放図は括つてしまへ萩の花

                 石庭の真中に止まる赤とんぼ

       傾いて本を読みをり秋天下

             雫もて一葉ゆすぶる秋時雨

                   間をあけて座る二人や柿日和

          三日目の屋根屋の音ぞ秋の空


【11月】

     鯱は眼を剥きしままなる小春かな

           銃眼の少し下向き小六月

                 ◎ 帰り花囲みて人の声高し

      仕舞屋の修理職人かへり花

            ぎこちなくマスクせしまま大笑ひ

                  さみしさは時雨の音の隙間かな

              日向ぼこお下げのリボンうなづきて


【12月】

       冬座敷直立不動してみんか

            湯豆腐に面と向うて言葉なし

                 ◎ ぎこちなく海鼠面目保ちをり

        煤ごもり額の傾き直しをり

             ◎ 冬ぬくし堰かるる水の泡丸し

                   カレンダー定位置に在り去年今年

         二色の葉ぼたん揃ひ迎へくれ

              木がらしや鴉に二本太き足