Q太の思い出句集    【2012年】



   年賀状朱印の隷書真直なり

     鋭角の反射光線寒の朝

       鰤起し滑らかになる訥の弁


   霜柱踵廻らす音のして

     黒猫の舌舐ずりや春近し

       ジェラシーを育むは月冴返る

         通りたき道あり蛇は穴を出む

           菜の花のゆきつくところ河曲がる

             暗闇の校倉造猫の恋


   冴返る貫乳の音聞いてをり

     東山頭北面西ゆらゆらと春

       おとうとを後ろに乗せて春夕焼

         逃水や存在証明むつかしく

           アネモネや過激な女うそほんと

             縦長と横長ならぶ蜃気楼

               大野火の解き放たれて山上る

                 酢海鼠の硬さは高校一年生


   四月馬鹿けふは転合を止めておく

     花の昼関節の音くぐもりて

       春昼の豆は粗挽きアメリカン

         黒鍵の動くは疎ら春の昼


   蛇のゐぬ国もあるかも花いちもんめ

     鴉の子黒の補色は無かりけり

       風に雲水に殿様蛙かな

         サイダーの泡の甘さを悲しめり

           正座して無口なりけり冷奴


   数々の悪行ありきブラシの木

     楊梅に阿修羅三体潜みゐて

       張り直し張り直しゐる女郎蜘蛛

         若楓神官の下駄並びをり


   しあわせの声老鶯の三室戸寺

     金糸雀の緑陰にゐて金の声

       渡し舟きれいな汗の人隣る


   神輿蔵大き錠前外されて

     絵らふそく半分とけて秋立ちぬ

       電線の影どこまでも終戦日

         盆の月石踏む音の近づきぬ

           眼玉なき大魚の骸ながれぼし

             いなびかり湖上の闇を割り裂きぬ

               太刀魚に切られし海の青かりし


   延々と畳の廊下月の山

     良夜かなバックナンバー並べゐて

       彼の名のゴシック活字秋うらら

         秋水に確と映れる松と雲

           天心の全き月に刃向かはん

             丸椅子の赤きの一つ露に消ゆ

               天高し素屋根の外の日と月

                 初鮭の発眼卵のめでたさよ

                    颱風や二重扉のうちつかは

                      裸婦像を下から見上ぐきりぎりす

                         勝手口より蟋蟀の飛び込みぬ


   秋高し電信柱海に沿ふ

     をみなごの植木職人秋の雲


       おどし面川の右岸の紅葉かな

          リモコンの電池切れかけ穴惑ひ

             秋の夜のチーズの歯形残りゐて

                冬瓜の図抜けて大き変なやつ


   漣や湖面の繻子のひややかに

     秋天に釘打つ音の三拍子

       包丁の錆はそのまま神の留守

         座ぶとんに座骨とんがる冬来たる

           コーヒーの湯気の仄々桃青忌

             小春日の柱の四本直立す

               極まれるそは冬薔薇の黄色なり

                 眩しきは野司に占む冬すすき



   裸木の声を発する月夜かな

     枯蔦の蔓の伸びゐて猫の貌

       足音は枯葉を出でて闇の中

         厳寒の鉄条網の錆朱し

           大年の体内時計遅れゐて

             真つ白きライスにカレー日記買ふ