潮岬通過






2000年のゴールデンウィークに本州最南端の町である串本の大島に面した橋杭海水浴場を出艇。
昨夜の雷雨が嘘のように晴れ渡っている。
南に向かい、昨秋開通した白い優美なアーチ橋「くしもと大橋」の下をくぐり、潮岬を目指す。
本日の満潮は5:05、17:40、干潮は11:24、23:40。

串本の市街地から南に突き出た半島部の南側ほぼ中央の大きく入り込んだ湾、浪ノ浦の小さな漁港に着く。
防波堤前の岩礁を避けて左から回り込み、カップラーメンの昼食休憩。
ほおかぶりをした品の良さそうな地元のお祖母さんが磯で一人何やら採っている。
聞くと、磯の石の下にいるナギと言う貝で、水洗いして20分ほど煮ると食べられるとのこと。
どこかに入れてある那智ねぼけ堂の饅頭を探すが出てこない。
手元のあめ玉をつかんでお祖母さんの後を追い、ナギ貝との物々交換を申し出る。
少しでいいと言うのに両の手に山盛り一杯くれた。今夜の豪華なつきだしの調達を完了して、南下する。

西に回り込み、地理院5万1地図で本州最南端と判断したクレ崎沖を通過。
右舷前方に潮岬灯台が見えた。
ここまではよかった。それからがあのお祖母さんの言った通りになる。
穏やかな初夏の海が強烈な向かい風と2.5mの波に変わった。
漕げども漕げども灯台は右舷前方。やがて波は3mを越える。そのうち、4mを越す波が何回か来る。
先のことを考え、8割の力で漕ぎ続ける。
灯台の位置が右舷前方になるようにラダーを踏み込むことに懸命だったので気がつかなかったが、このようにして漕ぎ続けると当然のことながら南西角に立つ灯台を回り込んでいた。
ようやく波が3m以下になり風が弱まった。

右舷真横の灯台を見ると、大勢の人影が目に入った。
私は何ほどのこともなかったように取り出したカメラを灯台に向けた。

大仕事を終え、ゆっくりと北上する。
住崎の約2km北でエラい派手な船を目撃した。
漕ぎ寄せると、漁師の親父と息子らしい二人が網を揚げている。
大きくはないが銀鱗を光らせる魚が次々と上がってくる。
仕事が忙しいので訳は聞けなかったが、青い帆に赤い旗。本州最南端の漁師は粋だった。

さらに北上し、赤い渡り廊下の串本海中公園を目指す。海中展望台横の磯に着艇。
スプレースカートを取ると、水が15cmほど入っていた。一度に疲れが出た。
今宵のテントは一番近い有田に張ることにして、ビールを仕入れる。

1年前に折畳式自転車で走った時に国道42号からJR有田駅の方に入った。
美しく何か暖かな集落が印象的だった。もう一度お世話になることにする。

今回は海からぐるっと拝見し、西の防波堤西側に小さな浜を見つけて上陸。
テントサイトから西に続くリアス式の海岸美を独り占めする幸運をつかんだ。
テントを張り焚き火の準備をしていると、潮騒の音を伴奏に5mくらいのところでウグイスが鳴いてくれる。
焚き火サイトの回りはレンゲの花、岩にはツツジ。大歓迎された。
薄曇りだった夜空が、真夜中に目を覚ますと北斗七星を中心に満天の星だった。またまた感激。


翌朝、30km西の周参見を目指し快適に漕ぎ進める。
田並の集落を見て、田の崎の西側の水深30cmくらいのきれいな磯へ入ると、丁度干潮から潮が満ち始める時だったのか、岩の間から勢いよく海水が流れ込んできた。
江田漁港を見て、双島手前の磯の中を漕ぎ進め、双島の向かいのドライブインに上陸休憩。


ここまではよかった。その後は強烈な風波を受ける。
いくら漕いでも2.5km先の横島が近づかない。
ダイビングスクールの生徒を乗せた「ゆりかもめ号」が3回、前方を横切る。
2回目までは手を振り返す余裕があったが、その後は疲れ切った。舟が回転しないようにラダーを右、左と交互に踏み込むだけで精一杯。
耳元で風がぴゅーぴゅーと鳴る。少しずつ艇が後退し磯に近づく。


磯に高さ1.5mくらいの岩(島)が見える。あの岩陰で風波を凌ぐことにする。
磯に近づくと風は少し弱まりうまく岩陰に入り込めた。暫し時間を過ごすが、風波は収まりそうにない。
磯側の幅1m強の岩と岩との間を漕ぎ進め、上陸偵察。
自分の漕力では今日は無理だ。
幸い、係留箇所からの水面が磯の西に注ぎ込む小さな川につながっていて、その川の先は小さな(昔の)造船所の港である。
手前の水門(42号線の真下)は開いている。ここで上陸、帰阪しよう。
どうやらここは、ダイビングスクールの船の基地のようだ。
やがて、ゆりかもめ号も帰ってきた。
今日はダイビングも無理だと女性のインストラクターは言った。
彼女は本栖湖でカナディアンを漕ぐとのこと。フジタのPE−430を見て感心していた。
特にラダーを見て、これなら海でも漕げますネと言った。
ファルトが畳まれ小さくなったのに驚いた港のオーナーの話では、5月にこのように海が荒れるのは珍しいとのこと。

礼を述べて、宅急便を扱うと聞いたドライブイン・サンワ(2時間ほど前に休憩上陸したところ)へトンネルを抜けて行くものの、扱ってないと言う。
隣のガソリンスタンドで尋ねるが近くには無さそうだ。
丁度その時、若いカップルが給油に来た。思い切って荷物の運搬を頼むと快諾してくれた。
JR田子(タコ)駅まで乗せてもらった。サンキュウ・ベリーマッチ。

田子駅は当然普通列車しか止まらなく、しかも15時台には上下線とも1本もない。
無人駅の水道をふんだんに使わせていただき、人影もないので頭から水をかぶり塩の染みついた上半身を拭く。
腹が減ったのでチキンラーメンを作っていると、タイミングよく宅急便の車が駅前を走った。
飛び出して大声で呼ぶ。運ちゃんは料金元払いかと確認してから車をバックさせた。
時間つぶしに、海沿いの高台の串本町立赤瀬小学校を訪問し、潮岬から田子までの海をカメラに納めた。
運動場の端っこに薪を背負って書を読む二宮金次郎の小さな像が、海を背に立っていた。