木津川ロードから交野ヶ原の津田へ


木津川サイクリングロードの中ほどから交野ヶ原の津田くにみ坂ニュータウンへ出るルートを開発(?)した。
これで、私の好きな「交野ヶ原」と「木津川」の両コースが結ばれることになり、変化に富んだコース取りが可能となった。
2001年7月中旬、梅雨明けの熱暑の中を走った。


【大住橋】

  延べ距離   区間距離
  ( 起 点 )   1.0 km




木津川サイクリングリロード0.1km地点で、で最初に渡る小さな川、手原川の「大住橋」を渡らずに、川の左岸沿いの道を遡るのが本コースの始まりである。
川沿い1km弱でJR学研都市線の踏切があり、右手に大住(無人)駅を見える。

【JR大住駅】

  延べ距離   区間距離
  1.0 km   2.0 km




さらに西に200m進み、五叉路の信号を右折し歩道つきのバス通りに入る。
大住ヶ丘、花佳坂、松井ヶ丘のニュータウンを貫く幹線道路である。
この道は車道と歩道の間に自転車道が設けられているので、上り坂が少しきついが問題はない。
2つ目のバス停を過ぎると、「花佳坂」の標識(裏側反対方向には大住ヶ丘と書かれている)が見えてきて上り坂が終わる。
しばらく平坦な道路を快適に走って緩やかな下り坂に差し掛かると3つ目のバス停(松井ヶ丘1丁目)が見え、すぐに信号がある。
(JR松井山手駅前の信号の300m手前。松井ヶ丘小学校へは道路を右の標識あり。)


【松井ヶ丘1丁目バス停】

  延べ距離   区間距離
  3.0 km   5.0 km




この松井ヶ丘1丁目の先の信号を左折して南西に進み、山手南の住宅地内道路をに入る。
300m先で道路は90度右に曲がっている。さらに300m進み、JRの半地下形式の線路を越える。
前方は京阪東ローズタウンの工事中のため右手に回り、先ほどのバス通りの幹線道路に出る。
(そのまま進んでいても同じだが、バス道よりも住宅地内道路の方が気持ちがいいので。)

欽明台西バス停のある交差点(左:長尾、右:八幡、真っ直ぐ進むと、国道1号・八幡市街)を左折して交野久御山線に入り、1.1km南下するとJR長尾駅が見えてくる。
駅手前で左折して、線路を渡り、バス道を東に進む。
最初のバス停(長尾台1丁目)前を右折して広い坂道を上がると、大池(右写真)が目の前に広がる。
池の西側の道を南下し、階段を下りると、船橋川(穂谷川の1本上流側で淀川に注ぐ)が流れている。
右岸沿いの緑道を走り、高架線路の手前で先ほどの道に合流する。
線路を渡り左折して長尾駅前商店街に出る。

【JR長尾駅】

  延べ距離   区間距離
  8.0 km   3.0 km





JR長尾駅を左手に見て南下し、100m先の信号を左折して線路を渡る。
すぐに菅原神社の案内標識が見える。右折して、朱塗りの灯籠が並ぶ(長尾)菅原神社に参拝する。
7月中旬だったので、天神祭りが近く、氏子の方々が大掃除をされていた。
本殿左手に大きな石の牛が寝そべっていた。


菅原神社から南西に進み坂道を上がっていく。
駐車場の中に入り込んで横断し右の道へ入ると、住宅街の広い道路に出る。
やがて右手に「伝王仁墓」の案内標識が見える。
王仁博士は百済国から渡来され、日本に「論語」10巻と「千字文」1巻を伝えられたと習ったが、伝王仁塚はきれいに掃除されていて気持ちよく、ムクゲの花が満開であった。
そうではないかと思って後で調べてみると、やっぱりムクゲは韓国の国花であり、「無窮花ムグンファ」と書かれる。窮することの無い花とは誰が付けたのであろうか?
(1999年に金鐘泌大韓民国首相もここに参拝し無窮花を記念植樹された由。)


先ほどの道路を南下し、菅原東小学校を左に見て、住宅地に入る。さらに南下して、王仁公園の周遊道路に出る。なかなかいい雰囲気のロードである。キョウチクトウがきれいに咲いていた。
その向こうはプールで子供達の元気な声が聞こえてきた。



王仁公園通りを西に進み、線路の100mほど手前を左折すると、すぐ、枚方市立旧田中家鋳物民俗資料館がある。

枚方上之町の高台、意賀美オガミ神社の南側にあった田中家は、和銅年間(8世紀初め)から約50代にわたって鋳物業を営んできた旧家である。
日本最古の貨幣である「和同開珎」も作り、禁裏鋳物師として宮廷御用の品々を製造してきたと伝えられる。
また江戸時代には、幕府から河内での独占的営業を許され、河内の鋳物師を統率する地位にあった。
枚方のほとんどの寺院の鐘は、田中家が造ったものらしい。
その田中家の江戸中期に建てられた主屋と鋳物工場を、枚方市が当地に移築復元し、資料館として整備したもので、いずれも府指定有形文化財。

写真(上左)の右手の広い建物が鋳物工場で、左が主屋。
この写真の右手前に下記の弥生時代の竪穴式住居がある。


枚方市立田口山小学校の工事に際して発見、発掘された弥生時代中期の田口山遺跡の住居をモデルにして、ここに、竪穴式住居が忠実に復元されている。
暑い夏の日であったが、この竪穴式住居の中は涼しく快適であった。

また、長尾西町で発見された長尾西遺跡では、弥生時代後期末の竪穴式住居跡が住居の板壁が屋内に倒れ込んだ状態で炭化して出土した。
その住居跡の地面そのものを固化して移設保存されているのも、興味深い。





先ほどの王仁公園通りに出て少し西に走ると、(藤阪)菅原神社参道の案内標識があった。
線路手前で左折し、薄暗い狭い道に入る。
線路がもちろん後からできたのだが多分、その際に参道が犠牲になったようだ。
お陰で、長尾の菅原神社の本家に当たるらしいこの藤阪菅原神社は建物は厳かで立派だが、一般市民が訪ねることは少なく、ひっそりと静まりかえっていた。(左写真)




先ほどの道を戻り、鋳物民俗資料館の前を通って南に向かうと、小さな新池北側の道路に出る。藤阪駅はすぐそこだ。


【藤阪駅】

  延べ距離   区間距離
 11.0 km   1.3 km




藤阪駅の東側の緩やかなカーブの坂道を南に進み、穂谷川を横断する。
枚方津田高校を右に見て南下し、国道307号に出る。左折して最初の信号、津田本通交差点で横断し、東70mから新設された「くにみ坂ニュータウン」への幹線道路を南に100m進むと、ニュータウン完成予想図の左下の調整池が左手に見える。



津田くにみ坂ニュータウン

  延べ距離   区間距離
 12.3 km   (終 点 )






くにみ坂の西側を走る幹線道路を快適に飛ばして、ニュータウン南西隅調整池(C.メインコースの終点)に到着。



その先の道も、左写真の如く新設・整備されていた。(2001/8)