チョットずつ熊野古道 no.7


No.7 和歌山電鐵・伊太祈曽イダキソ JR加茂郷 07年11月4日 16km



左写真、和歌山電鐵・伊太祈曽イダキソ(無人)駅からスタート。
9:55

丘の麓に沿った集落の道を南進する。

右写真、奈久智王子跡。
道から少し入ったみかん畑の中にあった。




阪和自動車道を西にくぐって、武内宿禰タケノウチノスクネ誕生所の石碑のある神社に寄って、自動車道の西側の道を進む。

左写真、多田オオタの落ち着いた町並み。


右写真、四ツ石地蔵。







県道に出て、
左写真、松坂王子跡。


緩い坂を上っていく。
右写真、蜘蛛池。





汐見峠を下っていく坂の途中に、
左写真、「呼び上げ」地蔵の祠。


日方川沿いの狭い県道を東に入り、坂を上って
右写真、春日神社へ。





春日神社の手前に
左写真、松代王子跡。
ココで、弁当。


右写真、菩提房王子跡。





左写真、熊野一の鳥居跡の角っこ。
ここで左折し、熊野古道と書かれた提灯に案内されて進む。


右写真、祓戸ハラエド王子跡へ石仏が並ぶ竹林の道を進む。






左写真、祓戸王子跡の立派な石碑。



右写真、鈴木屋敷






左写真、藤白神社(藤代王子社)。
七五三参りで少し賑わっていた。









左写真、樹齢千年の大楠は見事。



右写真、楠を御神体とする楠神社が境内にある。






左写真、藤白坂の上り口にある一丁地蔵。享保年間に一丁毎に据えられた丁石。(計17の丁石の内、4ツが当時のもの。)
13:25


右写真、藤白坂の右手の斜面はみかん畑で、その向こうは海南の臨海工業地帯。






途中で出会った小母さんが「自転車は通れないよ」と言う。押したり担いだりを覚悟する。


左写真、いよいよ山道に階段で取り付く。

右写真、ココは4丁だ。





左写真、上写真の階段を嫌がって道を回り込むと、土道が付いていた。直ぐ同じ道に合流するのだが、コチラを進む。 13:40



右写真、5丁石。






左写真、7丁目の丁石地蔵は特別に大事にされている。



右写真、8丁地蔵。






左写真、展望の利く場所があって、展望案内図が掲げられていた。そこで写す。真ん中の高い2本の煙突は関電海南火力発電所。その左奥は和歌山マリーナシティ



右写真、9丁地蔵。
ココから少し快適な径を走った。





左写真、九丁地蔵からまた階段道だ。



右写真、十丁と読める。






左写真、11丁?。



右写真、明るい竹林道は珍しかった。
こういう平坦なトコロは助かる。2ヶ所ほどで自転車に乗って漕ぐことができた。





左写真、13丁。



右写真、14丁は大きく開けていて、
筆捨松と硯石がある。





左写真、「筆捨松」。
絵師・巨勢金岡が筆を投げ捨てると舒明天皇の「投げ松」のトコロに落ちたらしい。

松の前に
右写真、「藤白伝承遺跡硯石」と書いてあった。






左写真、16丁。


右写真、18丁のお地蔵さん。


藤白坂という名前から坂道をイメージしていたが、丸太の階段、石の階段の多い急な山道だった。ほとんどを担いで、押して登った。




左写真、もと地蔵峯寺の境内の宝篋印塔ホウキョウイントウ。 14:27


右写真、地蔵峰寺本堂。
室町中期の建立で、標高291mに建っている。


ココに今、8軒の農家があると教えてもらった。



左写真、「御所の芝」からの眺望。
さすがに絶景である。


下りは生活道路が下まで付いているが、みかん畑の中の古道を通る。     14:50

右写真、ココも古道。




左写真、道路に出る。



右写真、加茂川に架かる(復元された)土橋。






加茂川沿いに4kmほど下り、
JR加茂郷駅発15:47の電車で和歌山駅に出て、快速で帰阪した。